遺言の内容を決めるには、誰に何を残すかに加え、自宅を維持する費用、介護への配慮、自社株の承継、遺留分への支払資金を整理する必要があります。相続後に実行できる配分かどうかを、生前に確かめることが重要です。
「自宅は同居している子に残したい」「介護をしてくれた子には多く渡したい」「会社は後継者に継がせたい」。
相続の準備では、このような希望が出発点になります。しかし、希望を遺言に書くだけでは、財産を受け取った人の生活や、ほかの家族との関係まで整うとは限りません。
家を取得しても、維持費や遺留分の支払に対応できるか。介護への感謝を、どの財産の配分に反映するか。自社株を承継する人が、会社の経営を続けられるか。
生前に確認したいのは、財産の行き先と、その配分を実行するための条件です。
目次
遺言に何を書くかを決める――自宅・介護・自社株について、生前に整理しておきたいこと
1 相続税がかからなくても、相続の準備は必要になる
相続対策というと、相続税を減らす方法を思い浮かべる方もいるでしょう。
しかし、税金がかかるかどうかと、家族が財産をどう受け継ぐかは、別の問題です。相続税がかからなくても、自宅に住み続けたい人と売却したい人がいれば、遺産分割がまとまらないことがあります。
預金は金額で分けられますが、自宅、収益不動産、事業用不動産、自社株には、それぞれ生活や事業を支える役割があります。
財産の総額だけでなく、その財産を誰が使い、誰が管理し、誰が費用を負担するのかを確認することが、準備の出発点です。
まず、財産と債務を一覧にし、現在の利用状況と、ご本人の希望を書き添えます。正確な評価額がまだ分からなくても、整理を始めることはできます。
2 自宅を残すなら、名義と支払資金を合わせて考える
たとえば、相続人が子2人で、財産が自宅3,000万円と預金1,000万円だったとします。債務、生前贈与、寄与分などの事情がない単純な例です。
遺言がなく、2人が各2,000万円相当を取得する方針で分けるなら、一方が自宅を取得し、他方が預金1,000万円を取得するだけでは、配分に差が残ります。
そこで、自宅を取得する子が、もう一方に代償金1,000万円を支払う案が考えられます。ただし、その資金を用意できるかが問題です。
親が遺言で「自宅は同居の子、預金は別居の子」と定める場合には、法定相続分と同額にそろえることが当然に必要になるわけではありません。それでも、遺留分の問題と、その後の生活を確かめておく必要があります。
確認したいのは、次の点です。
- 自宅を取得する人は、固定資産税や修繕費を負担できるか。
- ほかの相続人の遺留分を侵害する配分にならないか。
- 遺留分侵害額の請求を受けた場合、支払資金を確保できるか。
- 生活費や介護費に預金を使っても、予定した配分が成り立つか。
現在の遺留分侵害額請求は、侵害額に相当する金銭の支払を求める制度です。自宅を承継しても、支払資金が不足すれば、借入れや売却を検討することがあります。
「家を残す」という希望は、所有権の承継と、家を維持するための資金の両面から検討します。
3 介護への感謝を、死後の話し合いだけに委ねない
「介護をしてくれた子には、多く残したい」。その希望を実現するには、具体的な配分を考える必要があります。
介護をした相続人の相続分が、当然に増えるわけではありません。法律上の寄与分として評価されるには、被相続人の財産の維持・増加について特別の寄与があったことが必要です。
介護の内容や期間、負担、対価の有無、裏付けとなる資料などが問題になります。
家族が感じている苦労の大きさと、法律上評価される寄与分は、必ずしも一致しません。
生前に配分を定めないまま相続が始まると、「親は多く残すつもりだったはずだ」「同居していた利益もあるはずだ」と、残された家族が親の意思を推測しながら争うことがあります。
介護への感謝を反映したい場合には、負担の経過を記録し、過去の援助も確認したうえで、どの財産をどの程度残すかを決めます。ほかの相続人の遺留分との関係も確かめます。
遺言の付言事項に、感謝や配分の理由を記す方法もあります。ただし、付言事項だけで財産の承継を実現することはできません。
思いを伝える記載と、財産を承継させる条項を、それぞれ整えることが必要です。
4 自社株は、財産の配分と会社の意思決定を一緒に見る
会社を経営している方の相続では、子どもたちに財産を平等に分けることと、会社の経営を続けることが、両立するとは限りません。
自社株を分散させると、経営を担う子と経営に関わらない子が、それぞれ株主になります。配当、役員人事、株式の売却などについて、意向が分かれることがあります。
持株割合や議決権の構成によっては、経営を担う人が必要な意思決定をできなくなる場合もあります。
一方、後継者に株式を集中させれば、ほかの家族への配分や遺留分への対応が問題になります。株式の評価額が高くても、支払に使える現金が十分あるとは限りません。
生前に確認したいのは、次の点です。
- 後継者に、事業を引き継ぐ意思があるか。
- 経営に必要な議決権を確保できるか。
- 後継者以外の家族に、何を残すか。
- 会社の借入れ、個人保証、事業用不動産をどう扱うか。
- 承継が難しい場合、事業の売却や廃業をどう検討するか。
株式を渡すことと、経営を引き継げることは、分けて確かめます。
定款、株主名簿、決算書、借入れや保証の資料などを確認し、財産承継と経営承継が食い違わないように準備します。
5 ご本人の生活資金を確保してから、残す財産を考える
相続の配分を考える際には、ご本人がこれから使うお金も見込む必要があります。
生活費、医療費、介護費、住まいの修繕費。こうした支出によって、将来残る財産は変わります。
現在の預金残高をすべて相続の配分に組み込むと、ご本人が使うべき資金まで固定してしまうことがあります。生前贈与によって財産を移す場合も、贈与後の生活に必要な資金が残るかを確認します。
また、配偶者の生活を守るのであれば、相続時の取得額だけでなく、その後の住まいと継続的な支出を考えます。
ご本人の生活と、残される家族の生活を、同じ資金計画の中で確認することが重要です。
6 遺言の方式と、相続後に実行できる内容を整える
遺言には法律上の方式があります。公正証書遺言の利用を含め、適切な作成方法を選ぶ必要があります。
同時に、方式を満たしていることと、予定した承継を実行できることは、別に確認します。
財産を十分に特定できているか。取得する予定の人が先に亡くなった場合をどうするか。遺言執行者を定める必要があるか。遺留分への支払や不動産の管理に対応できるか。
これらを確認し、必要な条項と準備を整えます。
その後、財産を売却した、預金が大きく減った、後継者の意思が変わった、家族関係が変化したといった場合には、遺言の内容を見直す必要が生じます。
遺言の作成を一区切りとしつつ、どの変化があったら見直すかも定めておきます。
7 まず整理することと、次に決めることを分ける
相続の問題をすべて一度に解こうとすると、準備が止まることがあります。
最初は、次の3点を書き出してください。
- 残したいもの――配偶者の生活、自宅、事業など。
- 意向が分かれそうなこと――居住、売却、配分、介護への評価など。
- 確認が必要なこと――財産の価値、支払資金、後継者の意思など。
そのうえで、次に確認する資料と、確認する時期を決めます。
家族全員の意見が一致するまで、準備を止める必要はありません。ご本人の意思を確認し、法的な制約と実行条件を踏まえて、決められる部分から進めます。
健康状態や判断能力の低下が懸念される場合には、内容の検討と遺言の作成を並行して進める必要があります。十分に考えることと、作成を先送りすることを混同しないことが大切です。
8 当事務所で整理する範囲
前田尚一法律事務所では、ご本人の希望を起点に、財産、家族関係、生活、事業への影響を確認します。
相談では、誰に何を残すか、法的な制約は何か、支払や管理の負担を誰が担うか、次に何を決めるかを整理します。
税務上の評価や登記などについては、必要に応じて税理士・司法書士等の専門的な検討につなぎます。
遺言の内容がまだ決まっていない場合も、相談の出発点になります。現在の財産が分かる資料と、「何を残したいか」「どこで家族の意向が分かれそうか」というメモがあれば、確認すべき事項を具体的にできます。