会社を経営していた父が亡くなり、相続財産を調べてみると、その中心が自社株だった。
後継者である長男は、
「会社を継ぐのだから、株式も自分が引き継ぐのが当然だ」
と考えている。
一方、会社経営に関わっていない兄弟から見れば、
「価値のある財産を長男だけが取得するのは納得できない」
ということになります。
ここで問題になるのが、非上場株式の評価と分散です。
上場株式と違い、非上場株式には市場で表示される株価がありません。しかも、自社株は単なる財産ではなく、議決権を通じて会社の経営権にもつながっています。
そのため、自社株の相続では、
「いくらの財産なのか」という相続問題と、「誰が会社を動かすのか」という経営権問題が同時に発生する
ことがあります。
さらに、遺留分、過去の生前贈与、名義株、代償金の調達などが重なると、家族内の相続紛争が、そのまま会社内部の紛争へ広がることもあります。
本ページでは、非上場会社のオーナー経営者の相続について、株価評価、株式分散、遺留分、経営権確保の観点から整理します。
目次
非上場株式の相続が、会社の経営権争いに変わるとき
― 株価評価・株式分散・遺留分から事業承継を考える ―
1. 経営権争いを激化させる非上場株式の評価問題
非上場会社の株式を相続するとき、最初につまずきやすいのが、
「この会社の株式はいくらなのか」
という問題です。
上場株式であれば市場価格があります。
しかし、非上場株式には通常、そのような市場価格がありません。
しかも自社株の価値は、単なる財産価値だけではありません。
株式には議決権が伴い、その割合によっては、取締役の選任その他の会社意思決定にも影響します。
したがって、相続人間で株価について争うことは、場合によっては会社の支配権をめぐる争いの入口にもなります。
1-1. 額面や過去の取得価額と現在の株価とのギャップが引き起こす遺産分割の対立
古くから続く同族会社では、
「父が会社を作ったときには、一株数万円だった」
といった感覚が残っていることがあります。
しかし、設立後数十年にわたって利益を蓄積し、不動産や金融資産を保有している会社では、現在の株式価値が当時の払込額や取得価額とは大きく異なることがあります。
後継者は、
「売れる株ではないのだから、それほど価値はない」
と考える。
一方、他の相続人は、
「会社には何億円もの資産があるのだから、株式にも相当な価値があるはずだ」
と考える。
ここから対立が始まります。
大切なのは、過去の取得価額、税務上の評価、相続人間で問題となる株式価値を混同しないことです。
1-2. 後継者以外の相続人が株式を取得した場合の「買取り」をめぐる問題
ここは誤解されやすいところです。
後継者以外の相続人が非上場株式を取得したからといって、その相続人に、会社や後継者へ株式を買い取らせる一般的な権利が当然に生じるわけではありません。
しかし現実には、
「会社経営には参加しないから、株式を現金化したい」
という要求が出ることがあります。
後継者側も、会社と無関係な兄弟姉妹が株主として残ることを避けたいと考えるでしょう。
そこで、
誰が株式を取得し、誰がいくらで買い取り、その資金をどこから用意するのか
という交渉が必要になります。
なお、会社の定款に、相続その他の一般承継によって譲渡制限株式を取得した者に対する売渡請求の定めが置かれている場合には、別途、会社法上の制度が問題になります。
この売渡請求には期間の制限があります。会社法176条1項は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過すると、原則としてこの請求をすることができないと定めています。
したがって、相続によって望まない株主が生じる可能性がある会社では、定款に売渡請求の定めがあるかだけでなく、会社が相続を知った時期と、手続に残された期間まで確認する必要があります。
単純な「株式買取請求」として処理せず、定款、株主構成、相続経緯を確認する必要があります。
1-3. 株価算定の手法──類似業種比準方式・純資産価額方式をどう考えるか
相続税・贈与税の場面では、国税庁の財産評価基本通達に基づく評価方法があります。
大会社は原則として類似業種比準方式、小会社は原則として純資産価額方式、中会社では両者を組み合わせる方式が用いられます。類似業種比準方式では、類似業種の株価を基礎として、配当、利益、純資産等を比較します。
しかし注意しなければならないのは、
これはまず相続税・贈与税を計算するための評価方法だ
ということです。
遺産分割、遺留分、株式売買などの民事上の紛争で、
「税理士が相続税申告でこの金額にしたから、この株価で決まり」
とは限りません。
何のために株価を算定するのかによって、評価の意味を区別する必要があります。
1-4. 同族株主と同族株主以外では税務上の評価方法が異なることがある
さらに非上場株式の特徴は、同じ会社の株式であっても、相続・贈与における税務評価上、取得する株主の立場によって評価方法が異なり得ることです。
国税庁は、経営支配力を持つ同族株主等について原則的評価方式を用いる一方、一定の同族株主以外の株主等については配当還元方式という特例的評価方式を用いる仕組みを採っています。
つまり、
「一株はいくらか」だけではなく、「誰が、どの立場で取得する株式なのか」
まで確認しなければならない場面があります。
ただし、ここでも税務上の評価と、民事紛争における株価評価は区別して考える必要があります。
2. 株式の分散による会社経営の麻痺
自社株の相続で本当に怖いのは、相続税だけではありません。
株式が複数の相続人へ分散すると、それまで一人のオーナー経営者の判断で動いていた会社に、複数の株主の意思が入り込むことになります。
兄弟関係が良好な間は問題が表面化しなくても、何かをきっかけに対立すると、
相続紛争が会社法上の紛争へ変質する
ことがあります。
2-1. 少数株主権の行使──会計帳簿閲覧請求などによる圧力
後継者以外の兄弟が株主になったからといって、経営から完全に切り離されるわけではありません。
会社法は、一定の要件の下で株主にさまざまな権利を認めています。
そのため対立が深まれば、
会計帳簿等の閲覧・謄写請求、株主総会をめぐる要求、役員の責任追及その他の会社法上の権利行使
へ発展することがあります。
これらの制度自体は株主に認められた正当な制度です。
しかし、経営者側から見れば、それまで家族内部の問題だったものが、正式な会社法上の手続として会社内部へ持ち込まれることになります。
2-2. 役員人事や議決権行使をめぐる株主総会紛争
株式が分散すると、株主総会での議決権行使が重要になります。
誰を取締役にするのか。
誰を退任させるのか。
代表者を支える取締役構成を維持できるのか。
株主総会の招集手続や決議方法に問題はなかったのか。
対立が激化すると、株主総会決議の取消しや不存在・無効などが争われることもあります。
つまり、相続のときに、
「兄弟で均等に株式を分けておけば公平だろう」
と考えたことが、数年後には会社支配権紛争の原因になる可能性があります。
2-3. 代表取締役の死亡に伴う経営体制の争い
創業者兼代表取締役が突然死亡した場合には、問題はさらに切迫します。
相続手続が終わるまで会社経営を止めることはできません。
従業員への給与、取引先への支払い、銀行対応、契約締結など、会社の日常業務は続きます。
このとき、
株主として誰が会社意思を決定できるのか
と、
取締役・代表取締役として誰が業務執行を担うのか
は別の問題です。
株主構成、取締役構成、定款、相続された株式の状況などを切り分けて確認する必要があります。
2-4. 名義株・実態の分からない株主名簿が招く二次的混乱
長年続く同族会社では、
「この株は昔、親戚の名前を借りただけだ」
「株主名簿には叔父の名前があるが、実際には父の株だった」
という問題が出ることがあります。
ここで、名義だけを見て結論を出すことはできません。
株式取得時の出資、株券の管理、配当、議決権行使、株主名簿、税務資料その他の事情を確認し、誰が実質的な株主だったのかが争点になることがあります。
相続発生後に初めてこの問題が発覚すると、
相続人間の争いに、会社の株主確定問題まで加わる
ことになります。
3. 事業承継における遺留分侵害額請求の脅威
後継者に自社株を集中させれば、経営権は安定しやすくなります。
しかし、それだけで相続対策が完成するわけではありません。
今度は、他の相続人の遺留分が問題になります。
3-1. 経営権集中が他の相続人の遺留分を侵害する構造
たとえば父の財産が、
自社株3億円、不動産5,000万円、預金5,000万円
だったとします。
会社を長男へ承継させるため、自社株の全部を長男へ渡したい。
事業承継だけを見れば合理的です。
しかし、他の相続人から見れば、財産の大部分を長男だけが取得することになります。
そこで遺留分侵害額請求が問題になります。
現在の遺留分制度では、原則として侵害された遺留分に相当する金銭の支払いを請求する仕組みです。
したがって、自社株そのものを分散させずに済んでも、後継者が多額の現金を用意しなければならない問題が残ります。
3-2. 除外合意・固定合意──経営承継円滑化法の活用
この問題に対応する制度の一つが、経営承継円滑化法における遺留分に関する民法の特例です。
一定の要件と手続の下で、後継者が先代経営者から取得した自社株について、
遺留分算定の基礎となる財産から除外する「除外合意」
や、
遺留分算定に算入する株価を合意時の価額に固定する「固定合意」
を利用できる制度があります。
固定合意には、
「事業承継後に後継者が会社を成長させた結果、株価が上昇し、その上昇分まで将来の遺留分問題を大きくする」
という事態を抑える意味があります。
もっとも、固定する株価を当事者だけで自由に決められるわけではありません。
固定合意では、合意時の株価について、弁護士・弁護士法人、公認会計士・監査法人、税理士・税理士法人などの専門家が、その時点における「相当な価額」であることを証明する必要があります。
したがって、固定合意を検討する場合には、相続人間の合意形成だけでなく、株価算定と専門家による証明まで含めて準備する必要があります。
ただし、経営承継円滑化法上の民法特例は、経営者が一方的に利用できる制度ではありません。
推定相続人等の全員による書面での合意に加え、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可等、法律所定の手続が必要です。
だからこそ、相続が起きてからではなく、先代経営者が健在なうちに検討する意味があります。
3-3. 遺留分相当額の金銭支払が後継者・会社経営へ与える影響
遺留分侵害額請求が金銭請求になったことで、
「株式が他の相続人へ渡らないなら安心だ」
とは限りません。
たとえば後継者が3億円の自社株を取得しても、その人が3億円の現預金を持っているわけではありません。
自社株は高額だが、現金がない。
そこで多額の遺留分侵害額を請求される。
後継者が支払資金を用意するために、個人資産の売却や借入れなどを検討せざるを得なくなる。
このように、相続財産としての株価が高いことと、支払能力が高いことは別問題です。
事業承継では、株式を誰に渡すかだけでなく、その結果生じ得る金銭請求を何で支払うのかまで設計しておく必要があります。
3-4. 生前贈与された自社株と遺留分算定
「生きているうちに株式を後継者へ贈与してしまえば、遺留分問題もなくなる」
とも限りません。
遺留分算定の基礎に算入される生前贈与については、贈与の相手方や時期などに応じて民法上のルールがあります。
特に推定相続人への贈与については、婚姻・養子縁組・生計の資本として受けた贈与について、相続開始前10年間という規律があります。
もっとも、遺留分の算定、生前贈与の扱い、相続税上の取扱いは、それぞれ別の制度です。
さらに、10年という期間にも例外があります。
民法1044条1項後段は、贈与をした側と受けた側の双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合には、通常の期間より前の贈与についても遺留分算定の基礎に算入する旨を定めています。
相続人に対する一定の贈与については同条3項により期間が10年に読み替えられますが、この例外規定があるため、事情によっては相続開始の10年以上前に行われた贈与まで問題になる可能性があります。
単純に、
「10年以上前に株を渡せば大丈夫」
と考えるのは危険です。
だからこそ、贈与時期だけではなく、経営承継円滑化法の特例、遺言、他の資産の配置などを含めて設計する必要があります。
4. 事業と資産を守るための法的な事前・事後の設計
事業承継では、相続税だけを減らしても会社を守れるとは限りません。
逆に、株式を後継者へ集中させることだけを考えても、他の相続人との紛争を防げるとは限りません。
必要なのは、
会社を誰に承継させるのか
と、
他の相続人との公平をどう作るのか
を同時に考えることです。
4-1. 経営権確保に向けた事前・事後の防衛ラインを設計する
まず確認したいのは現在の株主構成です。
創業者が何%持っているのか。
配偶者や子供は何%持っているのか。
親族名義の株式はあるのか。
後継者へ既に贈与した株式はあるのか。
議決権をどこまで後継者へ集中させれば、経営を安定させられるのか。
そのうえで、定款、役員構成、遺言、生前贈与などを確認します。
既に相続が発生している場合には、
相続問題と会社支配権問題を別々に処理しない
ことが重要です。
遺産分割では合理的に見える案でも、会社法上は経営権を不安定にすることがあるからです。
4-2. 自社株以外の個人資産を活用した代償交渉
自社株を後継者へ集中させるのであれば、他の相続人には別の財産を配分する方法を検討します。
たとえば、
預貯金、上場株式、収益不動産、自宅その他の個人資産
を組み合わせます。
後継者には会社株式を集中させる。
会社経営に参加しない相続人には、換価しやすい財産を多く配分する。
必要なら代償金で調整する。
このように、自社株だけを切り出して公平を考えないことが重要です。
会社を守るための株式集中と、家族間の経済的な公平は、必ずしも同じ財産で実現する必要はありません。
4-3. 他の相続人との示談・協議をどう進めるか
事業承継では、法律上の権利を説明するだけでは合意できないことがあります。
会社に関与していない兄弟から見れば、
「兄だけが会社をもらった」
と映るかもしれません。
一方、後継者から見れば、
「会社をもらったのではなく、従業員、借入れ、取引先まで引き受けた」
という感覚でしょう。
この認識の差を無視して、
「法律上はこの金額です」
と押し切ろうとすると、対立が深まることがあります。
そこで、
何を譲れないのか。
何なら金銭で調整できるのか。
誰にどの財産を配置すれば合意できるのか。
どこで紛争を収束させるのか。
を整理しながら交渉します。
表面的な公平ではなく、会社経営を維持できる着地点を探す必要があります。
4-4. 経営承継円滑化法・遺言・生前贈与などを組み合わせる
事業承継対策に万能な一つの制度があるわけではありません。
遺言を作ればすべて解決するわけでもありません。
生前贈与だけで十分とも限りません。
経営承継円滑化法には、遺留分に関する民法特例のほか、一定の要件の下で事業承継税制や金融支援などの制度も用意されています。
したがって、
- 遺言
- 生前贈与
- 経営承継円滑化法の民法特例
- 自社株以外の財産の配置
- 必要な資金の確保
- 定款・株主構成の点検
- 事案によっては信託等の仕組み
などから、会社と家族の実情に適したものを組み合わせます。
大切なのは、制度をたくさん使うことではありません。
「後継者に経営権を確保させながら、他の相続人との紛争をどこまで予防できるか」
という目的から逆算することです。
5. 非上場株式の相続・事業承継でお悩みの方へ
非上場株式の相続は、単なる遺産分割ではありません。
自社株には財産価値がある一方、議決権を通じて会社の経営にもつながっています。
そのため、
株価はいくらなのか。
誰に株式を集中させるのか。
他の相続人には何を渡すのか。
遺留分にどう備えるのか。
相続後も会社を誰が動かせる状態にしておくのか。
を一体として考える必要があります。
特に、創業者が大部分の株式を保有したまま高齢になっている場合や、既に兄弟姉妹へ株式が分散している場合には、相続が発生してから初めて考えるのでは、選択できる方法が限られることがあります。
また、既に相続が発生し、株価や遺産分割をめぐる対立が始まっている場合には、目の前の相続紛争だけでなく、その解決によって会社の議決権構造がどう変わるのかまで確認する必要があります。
当事務所では、非上場株式の問題を単なる財産評価としてではなく、
相続・株価・遺留分・株主構成・会社支配権・将来の事業承継
をつなげて整理します。
自社株を誰に、どのような形で承継させればよいのか。あるいは既に発生した相続紛争を、会社経営を壊さずどこで収束させるのか。
その判断が必要な場合には、事情をお聞かせください。
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当事務所では、
目の前の法的正解だけではなく、
初動・情報整理・損失配分・将来維持可能性を含めた現実判断を重視しています。
実際の紛争や経営判断では、初動で何を整理し、何を守り、何を優先するかという判断が、その後の結果を大きく左右します。
そのため、法律的な見通しをご説明するだけでなく、状況や選択肢を整理し、依頼者の方が納得して判断できるよう支援することを大切にしています。