父が亡くなり遺言書を確認すると、「全財産を長男に相続させる」と書かれていた。
遺産には、自宅だけでなく、収益不動産、複数の土地、預貯金、さらには親族会社の非上場株式が含まれている。
このような場合でも、兄弟姉妹以外の一定の相続人には、法律上最低限保障された「遺留分」があります。
しかし、遺産が数億円規模になり、不動産や非上場株式が大部分を占める相続では、問題は単純な割合計算では終わりません。
何が遺留分算定の基礎財産に入るのか。
不動産や自社株をいくらと評価するのか。
過去の生前贈与をどう扱うのか。
請求を受けた側は、多額の金銭をどう調達するのか。
こうした問題によって、最終的な金額が大きく変わることがあります。
本ページでは、高額な遺留分侵害額請求について、請求する側だけでなく、請求を受けた側の防衛も含め、実務上のポイントを整理します。
目次
「全財産を一人に相続させる」という遺言があったら
― 高額な遺留分侵害額請求を、請求する側・受ける側から整理する ―
1. 「特定の者に全財産を譲る」遺言と遺留分
遺言者は、自分の財産について遺言で承継先を定めることができます。
したがって、
「全財産を長男に相続させる」
「会社の株式と不動産をすべて後継者に相続させる」
といった遺言もあり得ます。
しかし、一定の相続人には「遺留分」が保障されています。
そのため、遺言によってほとんど財産を取得できなかった場合でも、一定の要件のもとで遺留分侵害額に相当する金銭を請求できることがあります。
1-1. 高額相続では「割合」より基礎財産の算定が重要になる
遺留分の割合は民法で定められています。
原則として、直系尊属だけが相続人の場合には遺留分算定の基礎となる財産の3分の1、それ以外の場合には2分の1が総体的遺留分となり、これに各遺留分権利者の法定相続分を乗じて個別的遺留分を考えます。
なお、兄弟姉妹には遺留分はありません。
しかし実際の高額相続では、割合そのものより、
「何を、いくらの財産として計算するか」
が大きな争点になることがあります。
たとえば、
預貯金 1億円
収益不動産 3億円
自社株 2億円
という単純な足し算で終わるとは限りません。
不動産や非上場株式には評価問題があり、生前贈与が加わることもあります。
高額相続ほど、割合計算の前に遺留分算定の土台となる財産を確定する作業が重要になります。
1-2. 借入金・生前贈与まで含めて計算する
遺留分算定の基礎となる財産額は、死亡時に存在したプラス財産だけを見るものではありません。
一定の贈与を加え、債務を控除して算定します。
たとえば、収益物件が数億円あっても、多額の金融機関借入れが残っていることがあります。
一方で、生前に後継者へ自社株を贈与していたり、特定の子供へ不動産を移転していたりする場合には、その贈与が遺留分算定の基礎に入るかを検討する必要があります。
ここで重要なのは、遺産分割における特別受益と、遺留分算定のために加算される贈与とは、同じ問題ではないことです。
相続人に対する一定の贈与については、遺留分との関係で原則として相続開始前10年間という期間が問題になります。また、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合には、さらに古い贈与が問題となることもあります。
したがって、
「昔の贈与だから関係ない」
「生前にもらったものだから遺産ではない」
と即断することはできません。
1-3. 2019年改正で遺留分は原則として「金銭請求」になった
2019年7月1日に施行された改正民法により、現在の遺留分制度は大きく変わりました。
現在は、遺留分が侵害されたからといって、不動産や株式について当然に持分を取得する仕組みではありません。
原則として、
遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求する
制度です。
これは事業承継では非常に大きな意味を持ちます。
後継者へ自社株を集中させても、遺留分侵害額請求によって当然に株式が他の相続人へ分散するわけではありません。
一方で後継者には、多額の金銭支払義務が生じる可能性があります。
つまり、問題が、
「株を分ける問題」から「多額の現金をどう用意するかという問題」へ移った
側面があります。
1-4. 不動産・自社株を承継した側の資金調達問題
たとえば後継者が、
収益不動産3億円
非上場株式2億円
を承継したとしても、現金を5億円持っているわけではありません。
そこへ数千万円、場合によっては億単位の遺留分侵害額請求が来ると、深刻な資金問題になります。
不動産を売るのか。
金融機関から借りるのか。
自社株を会社等に処分するのか。
分割払いで合意するのか。
こうした検討が必要になります。
なお、裁判所は、受遺者または受贈者の請求により、金銭債務の全部または一部について相当の期限を許与することができます。
したがって、遺留分の法律論だけでなく、支払原資まで含めた解決設計が必要です。
2. 遺留分侵害額請求を受けた側の防衛
高額な遺留分侵害額請求では、
「請求された金額を払うか、払わないか」
という二者択一ではありません。
請求額そのものが正しいのかを検証する必要があります。
2-1. 請求者自身が受けていた生前贈与を確認する
請求者自身が、被相続人から生前に多額の贈与を受けていた場合があります。
住宅購入資金、事業資金、不動産、株式などです。
このような贈与が遺留分計算上どのように扱われるかによって、請求できる金額が変わることがあります。
そこで防衛側では、
請求者が過去に何を受け取っていたのか
も確認します。
古い銀行記録、不動産登記、贈与契約書、税務資料、家族間の書面などが重要になる場合があります。
2-2. 不動産・非上場株式の「適正評価」を争う
元構成の「評価額を低く抑える」という表現は、公開記事では避けた方がよいでしょう。
目的は安く評価することではなく、
相手方の高すぎる評価に対して、合理的・客観的な評価を示すこと
です。
収益不動産であれば、
立地、収益性、空室率、修繕負担、権利関係、建物の老朽化など
が価値に影響します。
非上場株式では、
会社の資産、収益、負債、株式の内容、支配関係など
を検討する必要があります。
相手方が提示した評価額を、そのまま前提にする必要はありません。
反対に、防衛側だからといって税務評価額など低い数字だけを採用できるわけでもありません。
どの評価が、この遺留分紛争における財産価値として合理的なのかを検討します。
2-3. 遺留分放棄があった場合
相続開始前に遺留分を放棄するには、家庭裁判所の許可が必要です。
経営者の事業承継などでは、
「後継者へ自社株を集中させたい」
という理由から、他の推定相続人との間で遺留分放棄が検討されることがあります。
したがって、過去に家庭裁判所の許可を得た遺留分放棄がある場合には、その効力を確認します。
一方、相続開始後については、遺留分侵害額請求権を行使しない、あるいは権利を処分するという問題になります。
生前の遺留分放棄とは法的な構造が異なるため、「生前放棄」と「相続開始後に請求しないこと」を同じものとして扱わないことが重要です。
2-4. 相続欠格・廃除、遺言解釈などの別問題も確認する
元構成の「非排除事由(廃除)」は、「相続欠格・廃除との関係」と整理する方が正確です。
重大な非行など一定の場合には、相続人の廃除が問題になることがあります。
また、法律上当然に相続資格を失う相続欠格という制度もあります。
ただし、
「親と仲が悪かった」
「介護をしなかった」
といった事情だけで当然に遺留分を失うわけではありません。
さらに遺言書の文言が不明確な場合には、
誰に何を承継させたのか。
遺贈なのか相続させる旨の遺言なのか。
複数の遺言の関係はどうなるのか。
といった遺言解釈自体が先に問題となる場合があります。
高額案件では、遺留分だけを孤立して見るのではなく、その前提となる相続資格・遺言・財産帰属まで確認する必要があります。
3. 遺留分侵害額請求には「1年」の期間制限がある
遺留分問題では、金額の検討と同時に期間を確認しなければなりません。
遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が、
相続の開始と、遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間
行使しないと、時効によって消滅します。
また、相続開始から10年を経過した場合にも権利は消滅します。
3-1. 「遺言を知った日」が重要になることがある
実務では、
「いつから1年が始まったのか」
が問題になることがあります。
死亡した日を知っただけではなく、遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時が問題になります。
もっとも、
「詳しい遺産評価額が分からなかったから、まだ1年は始まっていない」
と簡単に考えるのも危険です。
遺言書を確認した日、財産内容を知った時期、他の相続人とのやり取りなどを整理し、早めに対応する必要があります。
3-2. 内容証明郵便は「送ればすべて解決」ではない
期間が迫っている場合、内容証明郵便等によって遺留分侵害額請求の意思を明確に伝えることがあります。
重要なのは、
「遺言には納得できません」
という抗議だけで終わらせないことです。
遺留分侵害額請求権を行使する意思を明確にする必要があります。
また、民法上の時効制度では、「催告」と「権利の行使そのもの」を区別する必要があります。
したがって、
「内容証明を1通送れば時効が永久に止まる」
という理解も正確ではありません。
期限が問題になる案件では、早期に法的な位置付けを確認することが重要です。
3-3. 財産処分のおそれがある場合には保全処分も検討する
遺留分侵害額請求は金銭請求です。
そのため、相手方が財産を処分し、将来勝訴しても回収できなくなる具体的なおそれがある場合には、仮差押えなどの民事保全手続を検討することがあります。
もっとも、
「遺留分を請求したから、とりあえず相手の不動産を差し押さえる」
という制度ではありません。
被保全権利や保全の必要性を疎明する必要があり、担保を求められることもあります。
高額案件では、勝てるかだけではなく、最終的に回収できるかという視点も必要です。
3-4. 交渉・調停・訴訟のどこで解決するか
遺留分侵害額請求では、まず当事者間または代理人間で交渉することがあります。
しかし、
財産範囲について争いがある。
不動産評価が数千万円単位で違う。
非上場株式の評価が折り合わない。
生前贈与の有無そのものを争っている。
という場合には、交渉だけで長期間を費やすことが適切とは限りません。
調停・訴訟へ移ることも視野に入れ、
交渉を続ける利益と、法的手続へ進む利益を比較する
必要があります。
4. 高額な遺留分交渉で弁護士が果たす役割
遺留分が数百万円程度で、財産も預貯金だけという場合には、比較的単純に計算できることがあります。
しかし、数億円規模の遺産で、
収益不動産、事業用不動産、非上場株式、多額の生前贈与、借入金
などが混在すると、問題は大きく変わります。
4-1. 相手方の主張を全部争うのではなく、金額を動かす争点を選ぶ
高額案件では、争点が多くなりがちです。
しかし、すべての論点を最大限争えばよいとは限りません。
たとえば、
不動産評価で3,000万円違う。
自社株評価で1億円違う。
生前贈与の扱いで5,000万円違う。
というのであれば、最終的な遺留分額への影響を試算します。
そのうえで、
どの争点に証拠と時間を投入すべきか
を判断します。
4-2. 客観的な試算表によって「感情」と「金額」を分ける
遺留分紛争では、
「父は兄ばかりかわいがった」
「私は会社を守ってきた」
「妹は何もしていない」
という家族の歴史が前面に出ることがあります。
しかし、遺留分侵害額請求は最終的には金銭請求です。
そこで、
基礎財産
生前贈与
債務
各人の遺留分
既に取得した財産
争いのある評価額
を一覧化し、
どの前提を採れば、請求額がいくらになるのか
を可視化します。
感情を無視するのではなく、感情的対立と法的な金額計算を一度分けることで、解決可能性が見えてくる場合があります。
4-3. 一括払いだけでなく、支払方法まで交渉する
請求額について合意しても、支払方法が問題になることがあります。
特に、不動産や自社株を承継した側では、
「資産はあるが現金がない」
ということが珍しくありません。
そこで、
一括払い、分割払い、一定期間の支払猶予、不動産売却後の支払い
などを検討します。
合意内容によっては、公正証書化などによって履行を確保することも検討します。
金額だけではなく、実際に履行できる解決条件を作ることが重要です。
4-4. 高額案件ほど「資料の量」より「構造」が重要になる
遺産が高額だからといって、裁判所へ大量の資料を提出すれば有利になるわけではありません。
何が争点なのか。
どの証拠がどの事実を証明するのか。
その事実が最終的な遺留分額をどう変えるのか。
これを整理して主張する必要があります。
特に、不動産鑑定、非上場株式評価、生前贈与、会社と個人の資金移動などが絡む案件では、資料が膨大になりがちです。
だからこそ、
財産・評価・法律関係・証拠を一つの構造として整理すること
が重要になります。
まとめ|高額な遺留分は「何分の一か」だけでは決まりません
遺言によって財産をほとんど取得できなかった場合でも、一定の相続人には遺留分侵害額請求が認められる可能性があります。
しかし、高額な相続では、
何が財産に含まれるのか。
不動産・非上場株式はいくらなのか。
生前贈与をどう扱うのか。
債務はいくらあるのか。
請求者自身が既に取得した利益はないか。
請求を受けた側はどう支払うのか。
によって、最終的な解決は大きく変わります。
したがって、請求する側であっても、請求を受けた側であっても、単純に「法定割合を掛ければ終わり」と考えるのは適切ではありません。
当事務所では、遺留分だけを切り取るのではなく、不動産・非上場株式・生前贈与・事業承継を含む相続全体を見渡し、どこを争い、どこで収束させるのかを整理します。
特に、経営者・資産家の相続で、遺産評価や事業承継を含む高額な遺留分問題が生じている場合には、早い段階で全体構造を確認することが重要です。
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